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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)79号 判決

原告 堀本震男 ほか二一名

被告 林野庁長官 ほか二名

代理人 水野秋一 ほか一七名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一ないし六<略>

七 原告らは本件処分が次のとおり違法である旨主張するので判断する。

1  公労法一七条一項が憲法違反である旨の主張について

(一)  原告らは、公労法一七条一項が憲法二八条に違反する旨主張するが、公共企業体等の職員につき争議行為を禁止した公労法一七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、既に最高裁判所の判決(昭和四八年四月二五日大法廷・刑集二七巻四号五四七頁、昭和五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁、同五三年七月一八日第三小法廷判決・民集三二巻五号一〇三〇頁)の示すところであつて、右主張は採用することができない。

(二)  原告らは、国有林野事業に従事する定員外職員である作業員について公労法一七条一項の規定を適用し争議行為を禁止することは、憲法二八条に違反する旨主張する。

右定員外職員である作業員もまた、国公法附則一三条に基づいて制定された人事院規則八―一四によつて採用された一般職の国家公務員であり、また、公労法所定の職員である(同法二条二項二号参照)ことが明らかであるから、同法一七条一項が適用されることになる。

国有林野事業においては、その性質上、自然的、季節的要因に左右される面が多く、年間を通じて一貫した事業を継続することが困難であるため、作業員の雇用もまた季節的形態をとらざるをえないことから、作業員の大部分が定員外職員とされていることは前記認定のとおりであり、かかる雇用形態の特殊性に由来して定員外職員と定員内職員との間には身分上の規制や給与体系、その予算上の扱い等においても異なる面のあることは否定しえない。しかし、公労法一七条一項が憲法二八条に違反しないものとされる理由は、国有林野事業に従事する職員を含む公労法の適用を受ける五現業及び三公社の職員は、(1)憲法上、財政民主主義に表れている議会制民主主義の原則(同法四一条、八三条参照)により、その勤務条件の決定に関し国会の直接、間接の判断を待たざるをえない特殊な地位に置かれていること、(2)その従事する事業は利潤の追求を本来の目的とするものではなく、その労使関係にはいわゆる市場の抑制力が欠如しているため、争議権が適正な勤務条件を決定する機能を果たすことができないし、また、その職務の公共性が高く、その業務の停廃が国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるという社会的経済的関係においても特殊な地位に置かれていること、(3)職員は法律によつて身分保障等を受けているほか、公労法によつて協約締結権を含む団体交渉権を付与しながら争議権を否定する場合の代償措置として、同法は、当局と職員との間の紛争につき、あつせん、調停及び仲裁を行うための公平な公共企業体労働委員会を設けるなどして職員の生存権擁護のための配慮に欠けることがないこと、というにある(前掲最判昭和五二年五月四日参照)。

右のような理由は、右定員外職員である作業員にもそのまま妥当するものということができる。そうすると、定員外職員たる作業員と定員内職員との間に右のような異なる面があるからといつて、それをもつて右作業員の争議行為について公労法一七条一項の規定を適用することが憲法に違反するものということができず、原告らの主張は採用することができない。

(三)  原告らは、公労法一七条一項の規定は、国有林野事業に従事する職員の争議行為による影響等を考慮し、限定的に解釈すべきである旨主張するが、右規定が右職員についても争議行為を禁止している前記理由に照らして、右主張は採用することができず、右のような事情は、処分権者の裁量権の濫用の有無を判断するための一資料となりうるにすぎないものというべきである。

2  公労法一七条一項違反者に対する国公法による懲戒の適法性について

原告らは、被告らが原告堀本、同紀国、同佐藤(広)、同成田、同藤田、同石川を除くその余の原告らにつき、公労法一七条一項、国公法八二条、九八条、一〇一条等に違反したとして、国公法八二条により同原告らを別紙目録(二)記載の懲戒処分に付したのであるが、集団的、組織的行為である争議行為に対して、個別的労働関係における懲戒処分を課することは許されない旨主張するが、労働者の争議行為が集団的、組織的行為であるからといつて、その参加者個人の行為としての面が当然に失われるものではないから、公労法一七条一項に違反した争議行為に参加して服務上の規律に違反した者が懲戒責任を免れえないことは明らかであり(前記最高裁判所昭和五三年七月一八日判決参照)、右原告らの行為に対して前記のとおり国公法八二条を適用したことにはなんらの違法もなく、原告らの右主張は採用することができない。

3  不当労働行為

原告らは、当局が団交を拒否し、組合側を挑発して本件紛争を惹起させ、また中央指令に従つた原告らを処分する反面、同指令を発した全林野中央本部弓削委員長及び熊井書記長らを放置して第二組合を結成させ、全林野の弱体化を策した旨主張する。

当局が分会の団交を拒否したことが不当であるとは認め難いこと並びに原告らが中央本部の発した闘争方針に反し、職場放棄、座り込みなどの本件争議行為を行なつたために本件処分がなされたことは前記認定のとおりであるから、原告らの右主張は前提を欠くものといわざるをえないし、更に、当局が弓削委員長らを処分しないことによつて第二組合を結成させ、全林野の弱体化を策したものと認めるに足りる的確な証拠はない。

したがつて、原告らの右主張は失当である。

4  処分権の濫用ないし裁量権逸脱の主張について

(一)  原告らは、合川、能代及び五城目各署が組合員らの格付賃金による暫定払の要求を拒否したことにつき、組合側が、日給制賃金の要求を潰し、組合の団結を破壊することを意図するものであり、また労基法及び協約上の確定日払いの原則に違反するものであると非難し、抗議行動をすることは正当である旨主張する。

合川、能代及び五城目の各署は、昭和三四年度の直営生産事業の開始にあたり、同事業に従事する作業員につき、賃金支払形態を出来高給制(但し、付帯作業を除く。)との勤務条件で採用したことは前記認定のとおりであるから、当局は作業員に対して右勤務条件どおりの出来高給制の賃金を支払う義務を負つており、他方、作業員もまた右賃金を請求する権利を有するが、これと異なる支払形態の賃金を請求しえないことは明らかである。したがつて、当局が、組合側の右勤務条件と異なる賃金支払形態である格付賃金による暫定払いの要求を拒否しても、これについて非難される立場にはない。

更に、合川署においては五月一五日までの分の賃金を、また、能代及び五城目両署は各五月分の賃金を協約所定の支給日に作業員に支払うことができなかつたが、これは作業員側が闘争手段として協約所定の単価交渉を拒否したために賃金計算の基礎となる功程単価が決まらなかつたことによること、その後当局は功程単価を決定し、これに基づいて計算した賃金を毎月の支給日に現実に提供していること、右賃金額は組合側が要求している格付賃金による暫定払よりも高額であることは前記認定のとおりであるから、当局が右組合側の要求を拒否しても、作業員側には、右五月分の賃金の支給が遅れたことを除き、特段の不利益を被つていないものということができるし、また、右五月分の賃金の支払が遅れたことは、作業員らの責に帰すべき事由によつて、功程単価が決まらず、その結果賃金額が確定しなかつたことによることが明らかであるから、これをもつて労基法二四条に違反するものとも断定し難い。

そうすると、作業員らは、当局が格付賃金による暫定払を拒否したことにつき、これを批難し、抗議する立場にはないものといわざるをえないから、原告らの右主張は失当である。

(二)  原告らは、前記三署が作業員の賃金について、一方的に功程単価を決定したのは不当であり、これについて非難・抗議することは当然である旨主張するが、使用者としての当局が作業員の勤務に対してその勤務条件に従つた賃金を支給すべき義務を負つているわけであるが、作業員側が闘争手段として右賃金計算の基礎である功程単価決定のための協約所定の単価交渉を拒否したため、当局は右賃金額を確定し、これを支給することが不可能となつたので、作業員の意見を徴する措置を講じたうえ功程単価を決定したことは前記認定のとおりである。そうすると、当局は、作業員側が単価交渉を拒否したからといつて、作業員に対する賃金支払義務を免責されるものではないから、当局が作業員側との単価交渉によらないで功程単価を決定したことは、右賃金支払義務を忠実に履行するためのやむをえない措置であり、これによつて作業員の経済生活も安定することが明らかであるから、作業員らは当局のした右措置についてこれを非難し、抗議する立場にないものといわざるをえず、原告らの右主張は失当である。

(三)  原告らは昭和三三年から始つた国有林事業の合理化によつて、雇用量は半減し、労働が強化され、労働災害が増加したところ、前記三署はかような合理化への道を開くために全林野の労働条件改善要求に対する攻撃として本件処分を行なつた旨主張するが、本件紛争は、合川及び能代分会において、国有林野事業創業時から慣行化され、しかも、現在においてもなお協約上認められている作業員の出来高給制賃金支払形態の廃止を目的とし同協約上これが交渉能力を有しない右各署に対して団交を強要して、職場放棄等の争議行為をし、また、五城目分会においては、右のほか、常用及び定期作業員の格付賃金の決定に関し、上部機関の締結した協約及び覚書の趣旨を逸脱する独自の案を固執して争議行為を行なつたため、これらの争議行為に関する原告らの行為について本件処分がなされたことは前記認定のとおりであるから、本件処分が、合理化への道を開くためのものであるとか、あるいは全林野の労働条件改善要求に対する攻撃である旨の原告らの主張は失当である。

(四)  原告らは、能代署が五月分以降の賃金について同分会の格付賃金による暫定払を拒否したため、作業員は経済的窮迫に陥り、六月一五日秋田地方裁判所に賃金仮払の仮処分を申請したが、公労法上の手続は時間がかかり救済の役に立たないので、同分会は本件行為に及んだものであり、権利の防衛行為として正当である旨主張する。

能代分会が同署の全作業員についての賃金支払形態を日給制とするためには、協約上秋田局と同地本との交渉によらねばならないところ、同分会は同署との団交によつてこれを実現しようとして日給制切替闘争を行なつたこと、作業員側は右闘争の手段として協約所定の単価交渉を拒否したため、五月分の賃金の支給が遅れたこと、作業員側は六月一五日、秋田地方裁判所に右五月分の賃金仮払の仮処分申請をしたこと、当局は功程単価を決定し、六月二六日同単価によつて計算した賃金を提供したが、作業員らはその受領を拒否したので、当局はこれを供託したこと、六月分以降の賃金が支給日に現実に提供されていること、右賃金額は同分会が要求していた格付賃金による暫定払よりも高額であつたこと、その後作業員らは右仮処分申請を取り下げたことは前記認定のとおりである。

そうすると、能代署が作業員に対する格付賃金による暫定払を拒否したことによつて被つた作業員の不利益は五月分の賃金の支給が遅れたということだけであるから、これをもつて作業員らの自救行為を必要とする緊急性または理由があるものとは到底認め難いうえ、右作業員の不利益については組合側に重大な責任のあることが明らかであるから、原告らの右主張は失当である。

(五)  原告らは、猪苗代署においては昭和三三年ころから特に林力増強計画等によつて事務量が増大し、組合員らが長時間の時間外労働を余儀なくされたのに、いわゆる一律パー方式によつて僅かの超勤手当しか支給されなかつた旨主張するが、同署においては、昭和三四年一月一六日から超勤手当の支給をいわゆる一律パー方式から実績支給方式に改めていることは前記認定のとおりであるから、組合員らが右一律パー方式当時の超勤手当の支給に不満があれば、右問題に関して郡山営林署分会などと同様に公共企業体等労働委員会に調停の申請をするなど適法な手続によつてこれを主張するべきであるのに、原告らはかかる措置さえも全く考慮することなく、実力行使によつてその主張を貫徹しようとして本件争議行為を行つたのであるから、かかる原告らの行為が正当化される余地はないものといわざるをえない。

(六)  原告らは、本件の事態収拾に際し、猪苗代署と組合間において、二月以来の組合側行動に対してなんらの不利益処分をしないことが確認された旨主張する。<証拠略>によると、次の事実が認められる。

五月八日以降の当局と組合間の事態収拾の団交において、組合側から、本件紛争は不利益処分を相当とするような状況ではなかつた旨確認してほしい旨の強い要望が出され、議論されたが合意に至らなかつたので、同問題は小委員会に持ち込まれ、結局、分会執行委員会から署長宛の「二月一六日以降の紛争について、さきの陳謝文の趣旨にたつて一切の不利益な扱いをしないことを要求する」との文言を記載し、他方署長の同委員長宛の「組合側の御意見は了解しました。その旨を任命権者の局長に上申いたします。」と記載した書面(<証拠略>)が作成され、その際、当局と組合間において右「組合の意見は了解しました」ということは意見は聞いたという意味であり、また「上申」ということは伝達するという意味である旨確認された。

以上の事実が認められ、これに反する<証拠略>の記載部分は、前顕証拠に照らして信用することができず、その他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、猪苗代署長は組合側に対し、その要望を前橋営林局長に伝達することを約したにとどまることが明らかであるから、原告らの右主張は採用することができない。

(七)  原告らは、訴外原順治は五城目分会の執行委員として同分会のした本件争議行為に積極的に参加したにもかかわらず、同人についてはなんらの処分をしていないことは、本件処分が狙い撃ちの差別処分である旨主張する。<証拠略>によれば、五城目分会のした本件争議行為に関し、組合役員一二名が懲戒処分に付され、同処分の態様も、懲戒停職二か月間一名、同一か月間二名、懲戒減給二か月俸給の月額の一〇分の一が三名(うち執行委員一名)、同一か月俸給の月額の一〇分の一が一名、懲戒戒告五名(いずれも執行委員)であつて、右争議行為に参加した組合役員についてもその行為の態様等に従つて軽重の差があり、また同分会執行委員については多くの者が軽い処分に付されていることが認められるから、訴外原が右執行委員として右争議行為に参加したが懲戒処分をされなかつたからといつて、これをもつて直ちに本件懲戒処分が狙い撃ちの差別処分であるとは断定し難いし、他方、前記認定事実によれば、五城目分会のした右争議行為に関し、当局が原告小笠原強(秋田地本執行委員)に対し停職一か月、同大原哲雄(同分会執行委員長)に対し停職二か月の本件懲戒処分をしたことなどが、特に同原告らに対し、狙い撃ち的に不利益な内容の処分をしたものであるとは認めがたい。

したがつて、原告らの右主張は採用することができない。

(八)  原告らは、本件争議行為について中央指令を発した最高責任者である全林野中央本部弓削委員長及び熊井書記長らが処分されていないのは、不当な差別処分である旨主張する。

しかし、全林野中央本部は日給制切替闘争の中央拠点を指定し、闘争指令を発したが、弓削委員長及び熊井書記長らは、右闘争に関して当初から実力行使による一発主義的闘争を厳しく戒めていたにもかかわらず、本件各分会は、これに反して大衆交渉、職場放棄、座り込みなどの実力行使によつて一挙に要求の貫徹を図ろうとし、更に、合川分会などにおいては中央本部から座り込みの中止指令が発せられたにもかかわらず、これに反発、逆行し、その撤回を要請して右座り込みや職場放棄を継続したり、猪苗代分会においては実力行使のうえに暴力行為まで加わつたこと、原告らは、右のような内容の本件争議行為を企画し、これを指導し、または実行したために本件処分に付せられたことは前記認定のとおりであり、その他に右弓削委員長らが積極的に本件争議行為を指導したことを認めるに足りる的確な証拠はない。

そうすると、本件争議行為が中央本部の指令によつて行われた旨の原告らの右主張は、その前提を欠くものといわざるをえないし、また、右弓削委員長らが日給切替闘争に関して処分されないことについても首肯するに足りる相当の理由があり、合理的な裁量権の範囲を逸脱したものとも認め難いから、原告らの右主張は失当である。

(九)  原告らは、本件処分の前後を通じ、全林野の指導に基づく争議行為に関し、現場指導者に対し本件のような苛酷な懲戒処分がされた例はない旨主張する。

しかしながら、本件争議行為は、現場の指導者が、中央本部の方針と異なり、または逆行するような実力行使による本件争議行為を企画し指導したことは前記認定のとおりであるから、本件争議行為が中央本部の指導に基づく旨の原告らの主張はその前提を欠くのみならず、本件処分と比較されるべき他の処分事例も明らかではないから、本件処分が従前の例からみても著しく苛酷であると認めるに足りる証拠はなく、更に、公労法一八条の規定による解雇または国公法上の懲戒処分に関し、懲戒処分を行うか否か、これを行うときにいかなる処分を選択するかは、懲戒権者の裁量に任されており、これは広範な諸般の事情を総合的に考慮して決定されるべきものであるから、他に本件処分より重い処分が行われた例がないというだけでは、処分権の濫用があるとは認め難い。

したがつて、原告らの右主張は失当である。

(一〇)  原告らは、本件争議行為に至つた責任はあげて当局側にあるから、当局のした本件処分は不公正である旨主張する。

しかし、原告らが本件争議行為に至つた責任があげて当局側にある旨の主張が理由のないことはすでに説示したとおりであるが、仮に、原告らが、例えば、当局の団交を拒否したことが不当であると考えたのであるならば、労組法七条三号、公労法三条及び二五条の五の規定に基づいて不当労働行為として公共企業体等労働委員会に救済の申立をする途が開かれているにもかかわらず、このような手続によることもなく、また、猪苗代分会においては、一律パー当時の超勤の問題に関し、他の分会においては公労法二六条以下の規定に基づいて公共企業体等労働委員会に調停の申立をしたにもかかわらず、かかる手続によることなく、組合側の事前の闘争計画に基づいて、大規模で長期間の激烈な本件争議行為が行われたことは前記認定のとおりであるから、かかる争議行為を指導し、あるいはこれに参加した原告らの責任は重大であり、本件各処分が著しく不合理であつて、処分権を濫用してなされたものであるということはできない。

八 以上のとおり、本件処分が違法である旨の原告らの主張は、すべて失当であり、本件各処分はいずれも正当であるということができる。

九 よつて、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 古館清吾 吉本徹也 赤西芳文)

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